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借金の時効援用の実務家が解説する民法改正①

2025/03/31

改正後の民法が令和2年4月1日に施行されてから5年となりました。

これで借金の時効援用実務の現場では、これまでの改正前民法・民法改正附則(経過措置)に加え、改正後民法も実践的に使われることになります。

今回は時効に関する民法改正について解説していきたいと思います。

 

時効に関する民法改正の全体像

「取得時効」「債権以外の消滅時効」は改正無し

この民法改正では「取得時効」「債権以外の消滅時効」に関する改正は無く、「債権の消滅時効」に関する改正がありました。

しかし、債権の消滅時効の中でも、債権の消滅時効の本質である「時効によって消滅する」、その効果である「起算日にさかのぼる」、そして「時効の援用」と「時効の利益の放棄」に関しては改正されておりません。

 

短期消滅時効・商事時効の廃止

この民法改正の最大の改正点は、改正前民法では細かく分けられていた多様な時効期間を、

①債権者が権利を行使(請求など)できることを知った時から5年

②権利を行使(請求など)できる時から10年

を原則として、①②のうち、先に訪れた方が時効期間と簡素化しました。

また、改正前民法では取り入れられていなかった主観的起算点(知った時)も採用されました。

つまり、改正民法施行日(令和2年4月1日)以降に契約をした消費者金融や信販会社、銀行、信用金庫などで、裁判などを起こされていない通常の借金であれば、①請求などができることを知った時も、②客観的にも、どちらも起算点は弁済期となりますので、一律に弁済期から5年で時効期間満了ということになります。

 

時効総則(144条~161条)の改正点

時効総則(144条~161条)では、改正後民法145条かっこ書において、消滅時効の援用ができる当事者について「保証人、物上保証人、第三取得者その他権利の消滅について正当な利益を有する者を含む」と明記されました。

改正後民法147条・161条では、改正前民法の「時効の中断」「時効の停止」という概念から「更新」「時効の完成猶予」という概念になりました。

改正後民法147条1項かっこ書・148条1項かっこ書・149条では、法文上には無い「裁判上の催告」という理論でこれまで債権者を救済していた件について、6ヶ月の時効完成猶予を明記することでこの問題を解決することになりました(※注:全ての事例がカバーされているという訳ではありません)。

 

※注:破産申立て取下げの後6ヶ月以内に裁判上の請求をすることで時効は中断するとした事例(最高裁判所判決:昭和45年9月10日)が本件改正による問題解決の典型例だと思います。

ところが、明示的一部請求の訴えを提起した場合に、残部について裁判上の催告として時効中断の効力が生じるとした事例に関しては、本件改正ではカバーに至っていません。

 

生命・身体に対する侵害を原因とする損害賠償請求権の時効

生命・身体に対する侵害を原因とする損害賠償請求権に関しては、債務不履行に基づくケース(改正後民法167条)と、不法行為に基づくケース(改正後民法724条の2)の両方のケースを、

①知った時から5年

②客観的起算点から20年

と、どちらを根拠にした場合でも時効期間に差異の無いように改正されました。

時効起算点に関する改正

改正前民法では「消滅時効は、権利を行使(請求など)することができる時から進行する」となっていたのですが、改正後民法では「権利を行使することができる時」という起算点(客観的起算点)に加え、「債権者が権利を行使できることを知った時」という起算点(主観的起算点)が定められました。

このように権利行使の期間制限において主観的起算点と客観的起算点が併存するというのは、取消権・詐害行為取消権・不法行為に基づく損害賠償請求権・相続回復請求権等があったのですが、この民法改正により債権の消滅時効全般においても主観的起算点と客観的起算点の併存が制度化されました。

 

時効期間に関する改正①(一般債権)

改正前民法167条1項では、債権の時効期間は10年とされていましたが、改正後は、

①債権者が権利を行使できることを知った時から5年

②権利を行使できる時から10年

が債権の消滅時効全般における時効期間とされ、商事時効の規定および改正前民法における1年・2年・3年・5年といった短期消滅時効の制度も廃止となりました。

 

「債権者が権利を行使できることを知った時から5年」と「権利を行使できる時から10年」は、そのどちらかの早い時点で時効期間が満了することになります。

 

ですので、権利を行使できる時から5年未満の時点で債権者が権利を行使できることを知った場合は、10年を待たずに「知った時から5年」で時効期間は満了となります(下図ポイント②参照【①知った時】)。

 

それに対し、権利を行使できる時から5年を超えてから知った場合には、知った時から5年を待たずに「権利を行使できる時から10年」で時効期間は満了となります(下図ポイント②参照【②知った時】)。

 

そして、債権者が権利を行使できることを知らないままであれば、権利を行使できる時から10年の時点で時効期間満了となります。

改正後民法の時効起算点について

「権利を行使することができる時」について

客観的起算点(権利を行使することができる時)は、改正前民法166条1項と同じなので、現時点においては現状の解釈が維持されることを想定されています。

ですので、その解釈については、これまでの判例や学説を参考にすることになります。

 

※最高裁判決:昭和45年7月15日より抜粋

単にその権利の行使につき法律上の障害がないというだけでなく、さらに権利の性質上、その権利行使が現実に期待できるものであることも必要と解するのが相当である。

 

権利を行使することができることを知った時」について

主観的起算点(権利を行使することができることを知った時)については、改正後民法による新しい規定なので、今後その解釈をめぐって争われる可能性があると思われます。

民法(債権関係)の改正に関する中間試案【乙案】の時点では「債権発生の原因及び債務者を知った時」であったものが「権利を行使することができることを知った時」に改められたのは、債権発生の原因と債務者の存在を認識することだけではなく、権利を行使することができることについて具体的な認識まで必要であることを含む主旨であるという説もあります。

この新たな規定は、一定の事由がある場合には短期間で債権を消滅させることで時効期間の大幅な長期化を回避することを想定した規定であり、長期化を回避して法律関係の安定化を図るべき事案の基準が示されたということになります。

消費者金融や信販会社、銀行などの一般的な借金の場合、客観的起算点であっても主観的起算点であっても、どちらも弁済期が起算点となるため、この「知った時」に関して争われることはないと思われます。

 

ですが、その他の債権についてはその解釈をめぐって今後争われる可能性もあります。

ただ、債権者の主観的な要素である「知った時」を債務者が立証するというのは現実問題として困難なケースがあることも予想されます。

 

例えば、債権者が権利を行使することができることを知らなかったことについて過失や重過失があった場合にはどうなるのか?

他にも、説明義務や安全配慮義務の違反による損害賠償請求権のように、契約時点では一般の人があまり意識していない義務に関する損害賠償請求権について「知った時」をどのように認定するのかなど、今後の裁判事例などに注目しながら、知識のアップデートが必要かと思われます。

 

▼次回、借金の時効援用の実務家が解説する民法改正②について

長文になりましたが、最後までお読みいただきありがとうございました。

 

続編「借金の時効援用の実務家が解説する民法改正②」では、

■時効期間に関する改正②(定期債権の基本権、不法行為による損害賠償請求権、人の生命または身体の侵害による損害賠償請求権)

■時効障害事由に関する改正(更新・完成猶予)

■改正法による経過措置

を予定しています。